オリジナルの1863カービン銃。使用弾薬は.50-70ガバメント弾。
本銃のカービン版は北軍・南軍両方の騎兵にとって非常に一般的なものであり、同時期に使用されたカービン銃よりもはるかに多い数が交付され、正規の全長を持つ小銃よりもはるかに多数が支給され、生産量でもスペンサー銃やバーンサイド・カービン(英語版)を上回った。フォーリングブロック作動方式は1860年代後半に新しく開発された金属薬莢への換装に向いており、こうした.50-70ガバメント弾に換装したカービンの多くは、南北戦争後も数十年にわたって続いたインディアン戦争へ投入された[6]。
南北戦争中に作られた少数のカービンには、銃床に手動の粉挽き機が付属するという変わった特徴があった[9]。長きにわたってこの粉挽き機はコーヒーミルと考えられていたが、現存する小銃で実験を行ったところ、この粉挽き機はコーヒーミルには向かないことが判明した。今日では、この粉挽き機はトウモロコシや小麦を挽くために設けられていたとするのが共通認識となっている[10]。
シャープス小銃と異なり、カービンの方は非常に人気があり、90,000挺近くが生産された[8]。南北戦争時の北軍騎兵連隊では、1863年までは本銃が最も一般的な兵器として装備されたものの、1864年にはその多くが7連発スペンサー銃に代替された。シャープス銃の模造品の中には南軍によりリッチモンドで生産されたものもあったが、品質は一般的に低く、こうした銃は多くの場合鉄の代わりに真鍮の部品を用いた[11]。
>南北戦争中に作られた少数のカービンには、銃床に手動の粉挽き機が付属するという変わった特徴があった[9]。長きにわたってこの粉挽き機はコーヒーミルと考えられていたが、現存する小銃で実験を行ったところ、この粉挽き機はコーヒーミルには向かないことが判明した。今日では、この粉挽き機はトウモロコシや小麦を挽くために設けられていたとするのが共通認識となっている[10]。
我に尋ねたところ、
コーンブレッドを作る為の手動の粉挽き機だそうです。
コーンブレッドを作る為の手動の粉挽き機だそうです。