>民主主義の基礎を、日本人は、近代化を始めてこのかた、ゲティスバーグ演説の有名な一節に求めてきたからです。
>農民大工の息子が大統領になれる――、そういう国があることは、19世紀後半の日本を、民主主義に開眼させました。
>日本にとって、アメリカとの出会いとは、すなわち民主主義との遭遇でした。出会いは150年以上前にさかのぼり、年季を経ています。
河井 継之助の生涯(新人物往来社)に赤川 洋太郎 氏所蔵の
河井 継之助の揮毫 民者国之本(民は国の本)吏者民之雇(吏は民の雇い)と
いうのがあります。 録西人之語と書き込んでいますから欧米人から聞いたものでしょう。
抗戦・恭順を巡る藩論を抑えてモンロー主義の影響を受けた獨立特行を河井 繼之助が主張した。
要するに、白痴の安倍晋三は薩長の明治政府はアメリカと河井 繼之助に薩長の明治政府は負けて居た。と
認めた事に成ります。
幕末からの薩長の明治政府は、イギリスの属国みたいなものでした。
白痴の安倍晋三はイギリスの属国みたいな明治政府を否定して、
アメリカこそが、民主主義と媚びて居るのです。