>当時はその近代兵器に関するノウハウ自体が殆ど無く、大村がそれを確立させたといっても過言では無い。
>作者の和月氏がかなり意図的に大村の存在から目をそらしていた事が「花神」を読み幕末史を調べると確証に近いレベルで明らかになりました。
>作者の和月氏がかなり意図的に大村の存在から目をそらしていた事が「花神」を読み幕末史を調べると確証に近いレベルで明らかになりました。
>江戸周辺の幕府軍や奥州連合に反転攻勢の口実を与えてしまう。かといって膠着状態が続けば結果は同じ事。
>結局、大村益次郎の戦術手腕と切り札となったアームストロング砲により一日で戦闘が終了して事なきを得ます。
>結局、大村益次郎の戦術手腕と切り札となったアームストロング砲により一日で戦闘が終了して事なきを得ます。
>また終盤の人誅編では鯨波がアームストロング砲を上野から戦いに無関係な民家にぶっ放しました。これは、もう確信犯。
>しかも御庭番集編で蒼紫の雇い人であった観柳がガトリング砲を持ち出してきた時には「戊辰戦争では河井継之助(*)が用いて~」などと
>薀蓄を披露していた和月氏ですが鯨波がアームストロング砲を持ち出した際には一切、やりませんでした。
>個々の事例だけ取り上げれば取るに足りませんが、ここまで重なると累積レッドカードですわ…。
日本の軍隊でアームストロング砲を初めて実戦で使ったのは熊本軍であり、第二次長州征伐での赤坂口の戦いで、四度も熊本軍は長州軍を返り討ちにしました。
>熊本城行ってきました。展示物に「アームストロング砲の弾」があって、ひとりで笑っていたのはナイショ
だんちゃんレベルの知識の女性?(大和田爆笑)
幕末日本一の強兵の肥後熊本の細川
明治時代でも衰えない、日本一の白兵戦の実力